8月の夏休み、私はタイに行って来ました。8泊8日の旅でした。(最後の夜は機内泊で、翌朝8時には成田に到着。)旅のパートナーはフランスに住んでいるフランスの友人。バンコクのホテルで再会しました。私たちはKoh Ngai という小さくて、とてもきれいな島で3泊のんびり過ごしました。目の前に広がる美しい景色は見飽きることがありませんでした。その後、バンコクに戻って、バンコクで観光。その間にバンコクに住んでいる友人にも再会しました。
友だちは二人とも以前東京に住んでいて、私が日本語を教えました。日本語教師という仕事をして、一番楽しいことは様々な国の人たちに会って、私も色々な事を学べること。そして、仲良くなった人たちと友情が続けば、彼らの町を訪問できることももう一つの楽しみです。
2016年9月6日火曜日
2016年8月11日木曜日
"It doesn't work" is not 「働かない」.
今週は日本中が暑いです!!この暑さは大変ですね。
今日は山の日(今年が最初の新しい祝日)で、お盆休みの始まりです!
みなさん、夏休みの予定は何ですか?
ここ2~3週間は海外から私の友だちが東京に遊びに来ていたので、私は仕事をしながら、忙しくも楽しい時を過ごしました。今日、みんなが帰国して、私のお盆休みは静かになりました!本を読んだり、家族と過ごしたり、ゆっくりするつもりです。
夏休み中に「働く」という単語について、考えるのも変ですが、今日のテーマは "work" です。
"It didn't work out." この表現をよく聞きますが、日本語にどう訳しますか?
「働かなかった」と単純に訳すことはできません。なぜなら、英語で "work" はたくさんの意味があるので、実は「働く」が使える場合は少ないんです。
「働く」の基本の定義は
だから、次のような例は「働く」を使うことができます。
次の例はお金をかせぐために、仕事をしているのですが、「働く」は使えません。
では、機械などと共に使う場合はどうなるでしょうか?
計画や方法によい働きが現れて、望んだ結果が実現した場合は?「うまく いく」、つまり "go well" を使います。
"work"に関して、みなさんが「これはどう言うの?」と知りたい表現があれば、コメントで質問してください。
そして、7月は投稿ができなかったので、今月は2回書きたいと思っています。
みなさん、暑い夏ですが、元気に楽しんでください!
*参考辞書
『ジ―ニアス英和辞典』、大修館書店
"Oxford Advanced Learner's Dictionary" Oxford University Press
今日は山の日(今年が最初の新しい祝日)で、お盆休みの始まりです!
みなさん、夏休みの予定は何ですか?
ここ2~3週間は海外から私の友だちが東京に遊びに来ていたので、私は仕事をしながら、忙しくも楽しい時を過ごしました。今日、みんなが帰国して、私のお盆休みは静かになりました!本を読んだり、家族と過ごしたり、ゆっくりするつもりです。
夏休み中に「働く」という単語について、考えるのも変ですが、今日のテーマは "work" です。
"It didn't work out." この表現をよく聞きますが、日本語にどう訳しますか?
「働かなかった」と単純に訳すことはできません。なぜなら、英語で "work" はたくさんの意味があるので、実は「働く」が使える場合は少ないんです。
「働く」の基本の定義は
労働する、生計を維持するため、仕事に就く。つまり、「人が会社で仕事をする」とか、「人がアルバイトをする」ということを意味します。
だから、次のような例は「働く」を使うことができます。
1. She works at a department store. 彼女はデパートで働いている。
2. He is working as a journalist in Tokyo. 彼は東京で記者として働いている。ただ、「頭が働かない。」 (My brain doesn't work.) という表現はあります。
次の例はお金をかせぐために、仕事をしているのですが、「働く」は使えません。
3. He's working on a new novel. 彼は新しい小説に取り組んでいる/取りかかっている。3の文は "make efforts to achieve something" の意味を含んでいるので、「取り組む」などがいいでしょう。
では、機械などと共に使う場合はどうなるでしょうか?
4. This machine works by electricity. この機械は電気で動く。
5. This switch doesn't work. このスイッチは動かない/機能していない。では、薬を飲んで、期待通りのよい結果が出る場合は?
6. This medicine will work on you. この薬は効くでしょう。「効く」は「効果や働きが現れる」 という意味です。「この料理はわさびが効いている/利いている」などと言うこともできます。
計画や方法によい働きが現れて、望んだ結果が実現した場合は?「うまく いく」、つまり "go well" を使います。
7. My plan worked. 私の計画はうまくいった。
8. I tried twice, but neither try worked. 2回やってみたが、どちらもうまくいかなかった。この他にも "work" にはたくさんの意味がありますが、私が気になっている "work" の表現はこのくらいです。
"work"に関して、みなさんが「これはどう言うの?」と知りたい表現があれば、コメントで質問してください。
そして、7月は投稿ができなかったので、今月は2回書きたいと思っています。
みなさん、暑い夏ですが、元気に楽しんでください!
*参考辞書
『ジ―ニアス英和辞典』、大修館書店
"Oxford Advanced Learner's Dictionary" Oxford University Press
2016年6月19日日曜日
広島旅行~N2 の表現とともに
6月の初めに久しぶりの家族旅行をしました、どこへ行こうか迷った末に、広島県は尾道(おのみち)~しまなみ海道~宮島~広島市へ行って来ました。
尾道は外国人にはあまり知られていないようですが、古くて小さくて、とても日本らしい町です。外国人のみなさんも好きに違いありません。尾道は坂の町ですから、まずロープウェイに乗って、山の上へ。そこからの景色はすばらしかったです!山と海の間に家々が並び、海の方を見ると瀬戸内海(せとないかい)の島々が見えます。
東京は広ーい関東平野にあるので、私から見ると「海と山の間の狭い場所に町がある」という地形はめずらしく、とても美しいです。時々、山の上へ行って、この景色さえ見れば、とってもいい気分になれるんだろうな~と思います。そういう美しい景色のそばで暮している人たちは恵まれていますよね。
次の日は瀬戸内海の島、生口島(いくちじま)でサイクリングをしました。右手にきれいな海と白い浜、左手にはレモン畑が広がります。日本のレモンの70%がこの島で生産されているだけあって、レモンの木がいっぱい!国産レモンが大好きな私はとっても感激しました。
両親は20代の時に自転車に乗ったきり、ずっと車を運転して生活しているので、自転車は本当に久しぶり!両親の自転車乗りは危なっかしくて、妹と私はひやひやしっぱなしでした。
その後、宮島へ移動。「宮島は夜が最高にきれい」という友人のおすすめにしたがって、日の入り前に到着しました。夜の景色はとっても幻想的でした。さらに、私たちは翌朝6:30に厳島神社(いつくしまじんじゃ)ヘ行って、神聖で厳かな雰囲気の中、海の中に建つ神社をお参りしました。
しかも、宮島は海の景色ばかりか、山も楽しめるんですよ。山そのものが神である神聖な山があります。父は前日のサイクリングで疲れていたので、山登りは無理かと心配しましたが、何とか登り切りました。家族全員で山の頂上から海と島々を眺めることができて、良かったです。
最後は広島市内の平和記念公園と資料館を訪れました。ここを見ないわけにはいきませんね。広島市はこの日に梅雨入りしたばかりで、大雨が降っていました。(私が雨女なので、やっぱり雨。)雨にもかかわらず、大勢の人たちがいました。ちなみに、オバマ大統領はその前の週に訪問しました。
今年の1月に長崎でも感じたことを広島でも感じました。戦争で利益を得る人たちが戦争を起こし、普通に生きているだけの市民が戦争に巻き込まれ、だれかを傷つけ、だれかに傷つけられる。こんなにひどいことを2度と起こしてはいけません。
このようにして家族旅行が終わりました。みなさんも広島市に行く折には、宮島だけではなく、尾道まで足を延ばしてみてください!
尾道は外国人にはあまり知られていないようですが、古くて小さくて、とても日本らしい町です。外国人のみなさんも好きに違いありません。尾道は坂の町ですから、まずロープウェイに乗って、山の上へ。そこからの景色はすばらしかったです!山と海の間に家々が並び、海の方を見ると瀬戸内海(せとないかい)の島々が見えます。
東京は広ーい関東平野にあるので、私から見ると「海と山の間の狭い場所に町がある」という地形はめずらしく、とても美しいです。時々、山の上へ行って、この景色さえ見れば、とってもいい気分になれるんだろうな~と思います。そういう美しい景色のそばで暮している人たちは恵まれていますよね。
次の日は瀬戸内海の島、生口島(いくちじま)でサイクリングをしました。右手にきれいな海と白い浜、左手にはレモン畑が広がります。日本のレモンの70%がこの島で生産されているだけあって、レモンの木がいっぱい!国産レモンが大好きな私はとっても感激しました。
両親は20代の時に自転車に乗ったきり、ずっと車を運転して生活しているので、自転車は本当に久しぶり!両親の自転車乗りは危なっかしくて、妹と私はひやひやしっぱなしでした。
その後、宮島へ移動。「宮島は夜が最高にきれい」という友人のおすすめにしたがって、日の入り前に到着しました。夜の景色はとっても幻想的でした。さらに、私たちは翌朝6:30に厳島神社(いつくしまじんじゃ)ヘ行って、神聖で厳かな雰囲気の中、海の中に建つ神社をお参りしました。
しかも、宮島は海の景色ばかりか、山も楽しめるんですよ。山そのものが神である神聖な山があります。父は前日のサイクリングで疲れていたので、山登りは無理かと心配しましたが、何とか登り切りました。家族全員で山の頂上から海と島々を眺めることができて、良かったです。
最後は広島市内の平和記念公園と資料館を訪れました。ここを見ないわけにはいきませんね。広島市はこの日に梅雨入りしたばかりで、大雨が降っていました。(私が雨女なので、やっぱり雨。)雨にもかかわらず、大勢の人たちがいました。ちなみに、オバマ大統領はその前の週に訪問しました。
今年の1月に長崎でも感じたことを広島でも感じました。戦争で利益を得る人たちが戦争を起こし、普通に生きているだけの市民が戦争に巻き込まれ、だれかを傷つけ、だれかに傷つけられる。こんなにひどいことを2度と起こしてはいけません。
このようにして家族旅行が終わりました。みなさんも広島市に行く折には、宮島だけではなく、尾道まで足を延ばしてみてください!
| 尾道の山の上からの眺め |
| サイクリングコース、しまなみ海道 |
| しまなみ海道沿いのビーチ |
| 夕暮れ、厳島神社の鳥居 |
2016年6月13日月曜日
「あげる、もらう、くれる」のニュアンス
すみません、5月は忙しすぎて、ブログの投稿ができませんでした。毎月1回は書くことを目標にしていたのですが、先月はそれが達成できませんでした。。。その代わり、6月は2回書こうと思っています。
第一回目のテーマは「あげる、もらう、くれる」。これらは日本語に独特の動詞です。特に「くれる」の存在が独特ですね。私はいつもこの3つの動詞を教える時に、「あなたの言語には『くれる』がある?」と生徒に聞くのですが、「『くれる』がある」という答えを聞いたことはありません。
このブログを読んでいる方たちはこれらの3つの動詞の意味の違いや文法は理解しているでしょうから、ここでそういうことは書きません。「あげる、もらう、くれる」の日本語らしさについて考えてみます。これらの動詞はとても日本語らしい動詞だと思いませんか。
では、3つの理由をひとつずつ見ていきましょう。
話し手が「あげる、もらう、くれる」の行為に含まれている場面を表すなら、話し手があげる人の場合、「私が他の人にあげる」になって、話し手がもらう人の場合、「私が他の人からもらう」か「他の人が私にくれる」のいずれかに必ずなります。したがって、それぞれの動詞によって、「私の立ち位置」が暗黙の了解となり、「私」が省略可能となります。つまり、「彼が花をくれた」という文があれば、花をもらった人は「私」であることは言わなくてもわかるという訳です。
次に理由2の具体例をあげましょう。例えば、「忘れてしまいました」(忘れちゃった)。「携帯を忘れました」という文は正しいのですが、単純に事実を述べているだけで、単調なつまらない文です。
これに対して、「てしまいました」(ちゃった)という第2の動詞を付け足すことで、「残念」とか「困っている」という話し手の気持ちを表すことができます。
「動詞のて形+あげる/もらう/くれる」も同じような効果があります。
だれかが自分に親切にしてくれたら、「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えたい。それが「くれる」や「もらう」を使うことで可能になります。
第一回目のテーマは「あげる、もらう、くれる」。これらは日本語に独特の動詞です。特に「くれる」の存在が独特ですね。私はいつもこの3つの動詞を教える時に、「あなたの言語には『くれる』がある?」と生徒に聞くのですが、「『くれる』がある」という答えを聞いたことはありません。
このブログを読んでいる方たちはこれらの3つの動詞の意味の違いや文法は理解しているでしょうから、ここでそういうことは書きません。「あげる、もらう、くれる」の日本語らしさについて考えてみます。これらの動詞はとても日本語らしい動詞だと思いませんか。
理由1: 動詞から主語が必然的に決まってくるので、「私」(主語または目的語)の省略ができる。
理由2: 第2の動詞をメインの動詞に付け足すことによって、意味にニュアンスが生まれる。
理由3: ニュアンスの加え方にも日本人的思考が影響している。
では、3つの理由をひとつずつ見ていきましょう。
話し手が「あげる、もらう、くれる」の行為に含まれている場面を表すなら、話し手があげる人の場合、「私が他の人にあげる」になって、話し手がもらう人の場合、「私が他の人からもらう」か「他の人が私にくれる」のいずれかに必ずなります。したがって、それぞれの動詞によって、「私の立ち位置」が暗黙の了解となり、「私」が省略可能となります。つまり、「彼が花をくれた」という文があれば、花をもらった人は「私」であることは言わなくてもわかるという訳です。
次に理由2の具体例をあげましょう。例えば、「忘れてしまいました」(忘れちゃった)。「携帯を忘れました」という文は正しいのですが、単純に事実を述べているだけで、単調なつまらない文です。
これに対して、「てしまいました」(ちゃった)という第2の動詞を付け足すことで、「残念」とか「困っている」という話し手の気持ちを表すことができます。
「動詞のて形+あげる/もらう/くれる」も同じような効果があります。
だれかが自分に親切にしてくれたら、「ありがとう」という感謝の気持ちを伝えたい。それが「くれる」や「もらう」を使うことで可能になります。
- 友だちは私を手伝いました。(事実のみ、単調)
- 友だちは(私を)手伝ってくれました。(話し手の感謝の気持ち)
- (あなたは私を)手伝ってくれて、ありがとう。(「くれる+ありがとう」の表現)
人をひっくり返せば、もちろん「もらう」で表すこともできます。
- 友だちは私を手伝いました。(事実のみ、単調)
- (私は)友だちに(から)手伝ってもらいました。(話し手の感謝の気持ち)
ただ、「動詞のて形+あげる」を使うときはちょっと気をつけましょう。
上記の例のように感謝の気持ちを伝えるために、「~てもらう」と「~てくれる」を使うのは何も問題はありません。感謝を言うのも言われるのも、だれも嫌な気持ちになりませんから。
でも、「~てあげる」は「私は他の人のために何か親切なことをした」という意味を持っているので、「私はあなたたのために手伝ってあげた」とか「私はあなたのために料理を作ってあげた」などと言うと、「自分の親切な行為を認めてほしい、または押しつけている」という印象になりかねません。
特に、日本人は「押しつけがましい」 (self-assertive) 行為が嫌いです。周りの人たちへの親切や素敵な行為は気付かれないようにさらっと行うのが日本人の美徳です。
ですから、「~てあげる」を使えるのは気心の知れた友だちや恋人、家族の間のみにしておいた方がいいですよ。これが理由3です。
やっぱり、言語はその国の国民性や思考方法が表されているんだな~と実感しますね。
みなさんの国の言葉でも特徴的な表現があったら、紹介してください。
2016年4月11日月曜日
「学生」と「生徒」の違いを知っていますか?
桜は見頃を終えましたね。つぼみが開き、少しづつ花が増え、満開になり、風に吹かれて散ってゆく。一週間以上、毎日桜の変化を楽しみました。みなさんは「日本人って本当に桜が好きだな~」と思いましたか?もしくは、みなさんも日本人のように桜を愛でるようになりましたか?
では、桜にちなんで、次の表現にはそれぞれ意味に違いがあるでしょうか?
私はお花見はしなかったけど、毎日散歩しながら、桜を見ていました。これももちろん花を見る行為「花見」ですが、「花見をする」となるとピクニックや飲み会が付いて来る感じがします。
また、「お花見に行った?」と聞かれたら、「近所の桜のきれいな公園に見に行ったよ」と答えるでしょう。この場合は「桜を見にどこかに行きましたか」という意味になって、「見る」行為の方が重要で、必ずしもピクニックや飲み会を含まないと思います。
でも、日本語のネイティブスピーカーではない人たちにとって、「花見」は公園でお酒を飲みながらピクニックするという意味でしょう。そう考えることは特に問題ではないのですが、外国人とお花見について話している内に、私の中で上に書いた意味の違いが失われてきてしいました。
それで、先日妹に「花見をする」と「花見に行く」は意味合いが違うよね、と確認しました。妹も上に書いてあるようなことを言っていたので、これは一般的な日本人の感覚でしょう。
正直に言うと、外国人とばかり話していると、ネイティブスピーカーとして持っている日本語の感覚が失われる時があります。外国人が何かを日本語で言って、私は「あれ?この文なにか変。」と最初は思っても、同じ文を何度も聞いて、微妙に変でも意味がわかるので、そのちょっと不自然な文に慣れていきます。時々、最初に抱いた「ちょっと変」という感覚を思い出さないと、私はその文を受け入れてしまいます。
例えば、この質問。
もう一つ、私が麻痺している日常表現は「休み」の使い方です。もし私の生徒が「来週アメリカに行く」と言ったら、今の私はこう聞きます。
ただ、「それは仕事?休み?」という聞き方は間違いではないでしょう。
あとは、「夜ごはんを料理する」や「いそがしい (crowded の意味で)」、「東京にとまります (be in Tokyo の意味で)」のなどなど、「ん?!」と思いながら、慣れてしまった日本語がたくさんあります。本来は教える側の私がきちんと正さなければいけない点ですね!反省します。
最後にまた桜の話をすると、多くの外国人は「花見」という単語は知っていても、「さくら」を知らないのではないか?という思うことがよくあります。それぐらい「花見」というイベントが有名になったということですね。
では、桜にちなんで、次の表現にはそれぞれ意味に違いがあるでしょうか?
桜を見る
花見をする
花見に行く友だちやだれかに「お花見をした?」 と聞かれたら、私は「しなかった」と答えると思います。この答えは「桜は見たけど、花見のピクニックや飲み会はしなかった」という意味です。多分これが自然な答えのはずです。つまり、日本人にとって、「花見をする」というのは桜を見るだけではなく、仲間とわいわい騒ぐという行為なのでしょう。
私はお花見はしなかったけど、毎日散歩しながら、桜を見ていました。これももちろん花を見る行為「花見」ですが、「花見をする」となるとピクニックや飲み会が付いて来る感じがします。
また、「お花見に行った?」と聞かれたら、「近所の桜のきれいな公園に見に行ったよ」と答えるでしょう。この場合は「桜を見にどこかに行きましたか」という意味になって、「見る」行為の方が重要で、必ずしもピクニックや飲み会を含まないと思います。
でも、日本語のネイティブスピーカーではない人たちにとって、「花見」は公園でお酒を飲みながらピクニックするという意味でしょう。そう考えることは特に問題ではないのですが、外国人とお花見について話している内に、私の中で上に書いた意味の違いが失われてきてしいました。
それで、先日妹に「花見をする」と「花見に行く」は意味合いが違うよね、と確認しました。妹も上に書いてあるようなことを言っていたので、これは一般的な日本人の感覚でしょう。
正直に言うと、外国人とばかり話していると、ネイティブスピーカーとして持っている日本語の感覚が失われる時があります。外国人が何かを日本語で言って、私は「あれ?この文なにか変。」と最初は思っても、同じ文を何度も聞いて、微妙に変でも意味がわかるので、そのちょっと不自然な文に慣れていきます。時々、最初に抱いた「ちょっと変」という感覚を思い出さないと、私はその文を受け入れてしまいます。
例えば、この質問。
あなたの学生は何人いますか?これは正しくない質問です。上の花見の文はちょと不自然という具合ですが、これは確実に間違いです。それでも、私はこの質問を聞くのに慣れ過ぎてしまって、何も感じなくなってしまいました。麻痺(まひ)ですね!でも、答える時はこう言います。
私の生徒は20人です。この投稿を読んでいる人たちは日本語上級者ですから、きっと「学生」と「生徒」の違いを知っているはずです。それで、ここにその違いの説明は書きませんが、確認したい方はコメント欄で質問してください。
もう一つ、私が麻痺している日常表現は「休み」の使い方です。もし私の生徒が「来週アメリカに行く」と言ったら、今の私はこう聞きます。
「それは仕事?休み?」でも、以前の私はこう聞いていました。
「それは仕事?旅行?」なぜ「旅行」から「休み」に変えたかと言うと、日本語初級者にとって「休み」の方が簡単な単語ですし、「旅行」 (trip, travel) は "business trip" の場合もあるからです。一方、日本語で"business trip"には「出張」という別の単語がありますし、「旅行」は休暇中に行くものという当然の感覚があります。
ただ、「それは仕事?休み?」という聞き方は間違いではないでしょう。
あとは、「夜ごはんを料理する」や「いそがしい (crowded の意味で)」、「東京にとまります (be in Tokyo の意味で)」のなどなど、「ん?!」と思いながら、慣れてしまった日本語がたくさんあります。本来は教える側の私がきちんと正さなければいけない点ですね!反省します。
最後にまた桜の話をすると、多くの外国人は「花見」という単語は知っていても、「さくら」を知らないのではないか?という思うことがよくあります。それぐらい「花見」というイベントが有名になったということですね。
2016年3月21日月曜日
redundant
東京は暖かくなって、桜も咲いて、春ですね。今は日本の学校や幼稚園の卒業シーズン。先日、卒業式が行われている小学校の前を通ったら、自分の卒業式の当時の気持ちがよみがえってきました。卒業ってやっぱりせつないですね。
さて、ここから本題です。
いくつか例を挙げます。
そして、このような重複表現は話言葉に限らず、教科書の表現にも出てきます。
どうしてこういう表現が日本語には多いのか?私は「日本語の文の構造と関係している」と考えています。例えば、上の1と2と3の文は次のように言い換えることもできます。
さて、ここから本題です。
redundant: 余分な、過剰な
redundancy: 余分なもの、重複性以前、どこかでだれかに英語で "redundant" な表現は好まれないと聞いたことがあります。 それで、その時から redundancy に注意するようにしていると、日本語では redundant な表現がたくさんあることに気が付きます。日本語を勉強しながら、みなさんも気が付いていることでしょう。
いくつか例を挙げます。
- 4月から新しい会社で仕事を頑張りたいと思います。
- あの彼はやさしそうな感じだね。
- このお店が一番大好き!
- 東京にはかわいい物がいっぱいあり過ぎる。
どの部分が redundant か、わかりますね?こういう表現は日本語ではごく普通です。自然に出て来る表現ですから、間違いではありませんが、ふと立ち止まって考えると、同じことを繰り返していて、気になってしまいます。
私が特に気になるのは次の表現です。
Aさんと話したくて、Aさんの会社に電話をかけたけど、Aさんはいなかった場合。
「また あらためて、お電話します。」「また」も「あらためて」も同じ意味です。 英語にしたら、"I will call him again again."になってしまいます。
私が作った書類があまり良くなかった場合、上司は次のように言うかもしれません。
「もう一度、やり直して。」「動詞+直す」の意味は「もう一度すること」ですから、明らかに表現が重複しています。
そして、このような重複表現は話言葉に限らず、教科書の表現にも出てきます。
- テーブルの上のクッキーを全部食べてしまいました。
- この建物に入る際には身分証明書を必ず持って来るようにしてください。
- 彼の言っていることはもしかしたら間違っているかもしれない。
それぞれ、「全部」と「必ず」と「もしかしたら」を強調するための重複表現ですから、どちらかが無くても意味は変わらないのですが、セットで使われることが多いです。
どうしてこういう表現が日本語には多いのか?私は「日本語の文の構造と関係している」と考えています。例えば、上の1と2と3の文は次のように言い換えることもできます。
- 全部 テーブルの上のクッキーを食べてしまいました。
- 必ず この建物に入る際には身分証明書を持って来るようにしてください。
- もしかしたら、彼の言っていることは間違っているかもしれない。
こうなると、最初のパターンより重複部分が離れていますね。語順にこだわらない日本語の特徴から、助詞はどこにでも置くことができます。例えば、「全部」と最初に言ってしまうと、話し手も「あれ?私はもう【全部】と言ったかな?」という気持ちになって、最後に「しまいました」を付けて、「全部」を強調している。確認のために同じような表現を付け加える習慣ができたのかもしれません。
この見解が正しいか、どうかは知りませんが。。。
みなさんも気になる日本語の重複表現があったら、教えてください。
2016年2月28日日曜日
長崎旅行~N2の表現とともに
先日九州は長崎へ旅行に行きました。長崎へ行ったからには、見るべきものが二つあります。一つは皆さんも知っているでしょう、「原爆の資料館」。もう一つは、日本の歴史に詳しい人なら知っているかな、「出島」です。
江戸時代、日本が外国との交流を断っていたことは有名ですね。キリスト教を禁じた「禁教令」を出して、外国人宣教師を国外追放したあげく、日本は鎖国時代に突入しました。その時に長崎にある出島という場所に限って、外国人(オランダ人のみ)が来ることができました。それで、出島は「日本と外国の唯一の窓口だった」と言われています。出島はオランダ人を住ませるために造られた人工の島です。陸から出た島を造ったことから「出島」という名前になりました。しかし、そこに行ってみて初めて、現在はもう島ではないことがわかって、残念でなりませんでした。
でも、現在の出島には当時の建物が再現されていて、そこに住んでいたオランダ人たちの生活がよくわかる上に、資料もたくさん残っているので、歴史好きの私にはそこで見る物やら読む物やらすべてがおもしろかったです。
新しい発見は、オランダの船で運ばれた大量の砂糖が出島内の蔵には保存されていたことです。出島は「砂糖島」と呼ばれていただけあって、その砂糖が長崎の町に流れていたそうです。当時、日本で砂糖は高価で、めずらしい物でしたが、長崎の人たちは砂糖をたっぷり料理に使っていたそうです。西洋の学問や技術の発信はもとより、砂糖文化も長崎から始まったのですね。
翌朝は原爆資料館へ行きました。そこには1945年の爆心地(原爆が落とされたまさにその場所)の地図があって、地図の上にはそこに住んでいた家族の名前が書いてあります。それを見た時、私は一番悲しかったです。戦時中でみんな貧しく、慎ましく生きていたはずです。毎日ただただ生きていた人たちが一瞬にしていなくなってしまった。その人たちの人生は何だったのでしょうか?そこに住んでいたばかりに、死んでしまった人たちや、その後苦しみながら生きざるを得なかった人たちの悔しさを考えると、無念でたまりません。
資料館を出た後、平和への祈りを込めて、その周辺を歩きました。日曜日の朝だったので、近くの大きな教会(その教会も被爆しました)では礼拝が行われていて、中をのぞくと、たくさんの日本人が神様に祈りを捧げていました。昔々から長崎にクリスチャンは多く住んでいて、彼らはひどく迫害されました。悲惨な原爆も経験しました。静かに祈る長崎の人々を見ると、長崎の辛い歴史を感じずにはいられませんでした。東京では感じない深いものがありました。
長崎は日本の中でも独特の歴史を持つ町です。一方、坂と階段がとても多くて、地形的にもユニークです。せまい階段をたどって行くと、道に迷った気分になって、あちこちに猫がいて、旅の気分が高まる場所でもありました。
| 眼鏡橋(めがねばし)。めがねみたいでしょ? |
| 原爆の被害を受けた鳥居。 |
| 爆心地にある浦上天主堂。 |
2016年2月2日火曜日
「~にくい」は やっぱり難しい
*English translation
お正月までは暖冬だったのに、このところはずっと寒い日が続いていますね。東京を含む首都圏の典型的な冬の天気は寒くても、青空の「冬晴れ」です。昼間は太陽の光で暖かさを感じますが、日が暮れると寒くなりますね。外国人は日本人より薄着の人が多いので、「寒くないのかな~」といつも疑問に感じていますが、体が大きいからか、寒さに慣れているからか、大丈夫なんでしょうね。
さて、みなさんは今までに「日本語は話しにくい」とか、「日本語は読みにくい」とか言ったことがありませんか?これを聞くたびに、私は何かがおかしいと感じています。他の場面でも「~にくい」の使い方には間違いが多いです。その理由は単純です。
例えば、蟹(かに)ってどんな食べ物でしょうか?味はいいけど、殻を割ったり、外したりしなければいけないので、面倒臭い食べ物ですよね。
Bは食べ物自体に問題はありません。お腹がいっぱいで、食べられないのは能力、他の言い方をすれば許容範囲の問題です。
もう一組の例をあげます。
日本人はワインや日本酒を一口飲んだ時に感想として、よくこう言います。
一方、1本のワインを1人で飲むことはできないけれど、2人ならできる場合、
つまり、Aの「~にくい」を使う場合は、その物の性質や特徴のせいで、「~するのが難しい」ということで、「~やすい」はその物の性質や特徴のおかげで、「~するのが簡単」ということになりますね。
一方、Bの「~するのは難しい/簡単」は話し手などの人が、その行動をする能力や技術がない/あるという意味になります。また、能力や技術の有無だけではなく、外的要因に影響されることもあります。
では、次にもう一つのポイントから見てみましょう。
ワインを飲んでいる時にワインをテーブルクロスにこぼしてしまいました。
Aの方にこういう限定はありません。
では、最後に上の説明に基づいて、「日本語は話しにくい」と「日本語は読みにくい」について考えてみましょう。私は今までどうしてこの使い方が間違っているのかをうまく教えられなかったのですが、ある結論に到達しました。私の解釈を下に書きます。
どうでしょうか?「話しにくい」の使い方に納得できましたか?
お正月までは暖冬だったのに、このところはずっと寒い日が続いていますね。東京を含む首都圏の典型的な冬の天気は寒くても、青空の「冬晴れ」です。昼間は太陽の光で暖かさを感じますが、日が暮れると寒くなりますね。外国人は日本人より薄着の人が多いので、「寒くないのかな~」といつも疑問に感じていますが、体が大きいからか、寒さに慣れているからか、大丈夫なんでしょうね。
さて、みなさんは今までに「日本語は話しにくい」とか、「日本語は読みにくい」とか言ったことがありませんか?これを聞くたびに、私は何かがおかしいと感じています。他の場面でも「~にくい」の使い方には間違いが多いです。その理由は単純です。
「~にくい」= "difficult to do" とのみ覚えているからです。でも、それだけでは足りません。もう一つの条件が必要になるんですよ。それは何でしょうか?
例えば、蟹(かに)ってどんな食べ物でしょうか?味はいいけど、殻を割ったり、外したりしなければいけないので、面倒臭い食べ物ですよね。
A 蟹はおいしいけど、食べにくい。次の例は、もうお腹がいっぱいなのに、どんどん食べ物が出て来て、全部食べることができない場合です。
B お腹がいっぱいだから、全部食べるのは難しい。Aは蟹の形や殻のせいで、食べるのが難しい。蟹の特徴に問題があります。
Bは食べ物自体に問題はありません。お腹がいっぱいで、食べられないのは能力、他の言い方をすれば許容範囲の問題です。
もう一組の例をあげます。
日本人はワインや日本酒を一口飲んだ時に感想として、よくこう言います。
A このワインは飲みやすいね。これは「このワインの味や香りが良いので、おいしく飲める」という意味で、ワイン自体の性質のおかげです。
一方、1本のワインを1人で飲むことはできないけれど、2人ならできる場合、
B 2人ならワインを1本飲むことは簡単です。これはワイン自体の質には関係なく、能力や許容範囲の問題です。
つまり、Aの「~にくい」を使う場合は、その物の性質や特徴のせいで、「~するのが難しい」ということで、「~やすい」はその物の性質や特徴のおかげで、「~するのが簡単」ということになりますね。
一方、Bの「~するのは難しい/簡単」は話し手などの人が、その行動をする能力や技術がない/あるという意味になります。また、能力や技術の有無だけではなく、外的要因に影響されることもあります。
では、次にもう一つのポイントから見てみましょう。
ワインを飲んでいる時にワインをテーブルクロスにこぼしてしまいました。
A ワインのしみは 落ちにくい。
B ワインのしみを 落とすのは 難しい。Bは「話し手にワインのしみを落とす技術や知識がないため、しみが残ってしまいそう」という意味ですね。 それで、「落とす」は話し手の行為ですから、ここで使う動詞は必然的に他動詞、または行動を表す自動詞(例えば、行く、走る、入るなど)になります。
Aの方にこういう限定はありません。
では、最後に上の説明に基づいて、「日本語は話しにくい」と「日本語は読みにくい」について考えてみましょう。私は今までどうしてこの使い方が間違っているのかをうまく教えられなかったのですが、ある結論に到達しました。私の解釈を下に書きます。
日本語は「西洋の言語とは全く違う」、「ひらがな、かたかな、漢字が複雑」という性質があって、確かにそのせいで外国人にとって話すのも、読むのも難しいでしょう。だから、Aが使えるように見えますが、こう考えてみてください!
日本人にとって日本語の性質や特徴は普通のもので、難しいとは感じませんね。日本人が「日本語を話しにくい」と言うことは有り得ません。そこから、言語の難しさは「その性質より、個人の能力や技術によるものだ」と考える傾向があるのかもしれません。
その代わり、「話しにくい」は次のような場合に使われます。
「あの人はいつも怒っていて、こわそうだから、話しにくいな。」 あの人のこわい性格のせいで、声をかけるのが難しいという意味です。
「話しにくい」にはこういう使い方があるので、言語の難しさには使われない。これが私の意見です。
どうでしょうか?「話しにくい」の使い方に納得できましたか?
2016年1月22日金曜日
2016年1月8日金曜日
more or less
先週から仕事や勉強が始まって、お正月気分が抜けましたか?といっても、日本では今週末が3連休なので、私はまだ休みモードにいる感じです。来週からは本格始動です!
今年初のテーマは "less" について考えてみましょう。 "less" は日本語で何て言うの?と時々聞かれますが、 答えるのは難しいですね。 日本語で "less" はひと言で表せません。これに対して、"more" は比較的簡単で、「方が」「より」という表現や「もっと」を使えば、言いたいことは伝わるでしょう。
英語の "more" と "less" は単純で便利だなあと思います。次の例文を見てください。
「量」について"less"と言いたい場合は、「少ない」を使うといいでしょう。
「少ない」は形容詞ですが、名詞の前に置くことはできませんね。「【名詞】が少ない」という文型をとります。
"less" が「少なくする」とか「減る」という動詞に変わるのがおもしろいですね。もちろん、"more" は「多くする」「増やす」などと言い換えられます。
しかし、"less tired" "less happy" "less attractive" など形容詞と共に使う程度表現の場合はどうなるでしょうか?
「あまり~ない」や「そんなに/それほど~ない」を使うのがいいんじゃないかなと私は思っています。
今年初のテーマは "less" について考えてみましょう。 "less" は日本語で何て言うの?と時々聞かれますが、 答えるのは難しいですね。 日本語で "less" はひと言で表せません。これに対して、"more" は比較的簡単で、「方が」「より」という表現や「もっと」を使えば、言いたいことは伝わるでしょう。
英語の "more" と "less" は単純で便利だなあと思います。次の例文を見てください。
- If you wish to gain your weight, eat more meat.
- If you wish to lose your weight, eat less meat.
"more" の文は先ほど書いたように「もっと」を使える場合が多いので、こうなります。
あなたが太りたいなら、もっと肉を食べて。
"less"の文はこうなります。
あなたがやせたいなら、食べる肉の量を減らして。「量」と「減らす」という単語まで出てきて、複雑になりますね。簡単な単語を使って、「肉を少し食べて」と言ってしまうと、言いたいことは伝わりますが、意味が少し変わってしまいますし、自然な日本語ではありません。
「量」について"less"と言いたい場合は、「少ない」を使うといいでしょう。
There were less mosquitoes around this year. 今年は蚊が少なかった。
It rains less in London than in Manchester. マンチェスターよりロンドンの方が雨が少ない。
You must have paid 3,000 pounds for your car. No, it was less. その車に3,000ポンドを払ったんでしょう?ちがうよ、それより少ないよ。上の "eat less meat" の文も肉の量について話しているので、「減る」の代わりに「少なくする」を使うことができますが、「少ない」という単語の性質上、「少ない肉を食べる」と言うことはできません。
「少ない」は形容詞ですが、名詞の前に置くことはできませんね。「【名詞】が少ない」という文型をとります。
"less" が「少なくする」とか「減る」という動詞に変わるのがおもしろいですね。もちろん、"more" は「多くする」「増やす」などと言い換えられます。
More and more Japanese are visiting Australia. オーストラリアを訪れる日本人が増えている。(ここでは、「増える」という自動詞を使います。)
しかし、"less tired" "less happy" "less attractive" など形容詞と共に使う程度表現の場合はどうなるでしょうか?
「あまり~ない」や「そんなに/それほど~ない」を使うのがいいんじゃないかなと私は思っています。
She found the job less attractive. 彼女はその仕事がそんなに魅力的じゃないと思っている。
She was less happy for being on her own. 彼女はひとりでいることがあまりうれしくない。「今年はもっと勉強しよう、もっと仕事を頑張ろう、もっと運動しよう、もっと貯金しよう」などと新年の抱負を掲げた人がきっといますよね。または、「お酒の量を減らそう、甘い物を減らそう」と決心した人もいるかもしれません。「新年の計は元旦にあり」ということわざがありますが、今からでもまだ遅くありませんよ!
2016年1月5日火曜日

Nhiệt độ tháng 12 cao
12月は気温が高かった 1月も高くなりそう
NHIỆT ĐỘ THÁNG 12 CAO. DỰ ĐOÁN THÁNG 1 TỚI CŨNG CAO.
[01月06日 11時30分] Tin 11 giờ 30 phút ngày 06/01/2016.
気象庁によると、日本では先月の12月も気温が高い日が多くなりました。
12月の平均の気温は、東日本ではいつもの年より1.9℃高くなりました。西日本では1.7℃、北日本では1.6℃、沖縄・奄美でも1.5℃高くなりました。東日本は、1946年に調べ始めてから12月ではいちばん高くなりました。
Theo Cơ quan Khí tượng Nhật Bản thì ở Nhật Bản có nhiều ngày nhiệt độ cao trong tháng 12 vừa qua.
Nhiệt độ trung bình cáng tháng 12 vừa qua ở khu vực Đông Nhật Bản tăng 1,9 độ C so với mọi năm. Ở Tây Nhật Bản tăng 1,6 độ C, khu vực Okinawa - Akimi cũng tăng 1,5 độ C. Phía Đông Nhật Bản có nhiệt độ tháng 12 cao nhất kể từ khi bắt đầu quan trắc kể từ năm 1946.
Theo Cơ quan khí tượng, Hiện tượng El Nino tiếp diễn từ năm kia đã khiến nhiệt độ tăng ở vùng biển Thái Bình Dương gần xích đạo. Vì thế Cơ quan này cho rằng ở khu vực Đông Nhật Bản, Tây Nhật Bản và khu vực Okinawa - Akimi sẽ tiếp tục nắng nóng trong những ngày tháng 1 tới đây.
Nguồn: http://www3.nhk.or.jp/
2016年1月3日日曜日
新年あけましておめでとうございます
2016年が始まりましたね。今年はどんな年になるのでしょうか。みなさんの日本語の上達と日々の幸せ、そして争いのない世界を願っています。
みなさんはどんなお正月を過ごしていますか?私のお正月は毎年同じで、母の料理の手伝いを少しだけして、家族とお正月の夕食を楽しむだけですが、毎年同じことをできるのが幸せなのだと思います。
この元旦に朝日新聞で次の短歌を見つけました。
松: 日本の玄関の前に置く松と竹の飾り
しめかざり: これも玄関のドアにかける飾り
餅(もち): お正月の食べ物
かかる: こういう
春: 新春、つまりお正月
来にけり: 来た(完了形)
ず: ない
「一般的に人々がお正月にすることをしなくても、お正月はだれにでも来る」という和歌です。その通りですね。物質的なことではなく、それぞれの心の中で新年の祝いや決意ができればいいと言う訳です。気持ちだけは新たに引き締めて、明日からがんばりたいですね。(今日からではない点がポイント!今日はまだお正月休みですからね~)
みなさん、今年もよろしくお願いします。今年も楽しく日本語を勉強して、生活に役立ててください!
岡本 美奈子 (おかもと みなこ)
みなさんはどんなお正月を過ごしていますか?私のお正月は毎年同じで、母の料理の手伝いを少しだけして、家族とお正月の夕食を楽しむだけですが、毎年同じことをできるのが幸せなのだと思います。
この元旦に朝日新聞で次の短歌を見つけました。
松立てず しめかざりせず 餅つかず かかる家にも 春は来にけり (元政法師・げんせいほうし)
松: 日本の玄関の前に置く松と竹の飾り
しめかざり: これも玄関のドアにかける飾り
餅(もち): お正月の食べ物
かかる: こういう
春: 新春、つまりお正月
来にけり: 来た(完了形)
ず: ない
「一般的に人々がお正月にすることをしなくても、お正月はだれにでも来る」という和歌です。その通りですね。物質的なことではなく、それぞれの心の中で新年の祝いや決意ができればいいと言う訳です。気持ちだけは新たに引き締めて、明日からがんばりたいですね。(今日からではない点がポイント!今日はまだお正月休みですからね~)
みなさん、今年もよろしくお願いします。今年も楽しく日本語を勉強して、生活に役立ててください!
岡本 美奈子 (おかもと みなこ)
| 2016年 年賀状 |
2015年12月7日月曜日
Learn は「習う」だけじゃない
日曜日にテストを受けたみなさん、お疲れさまでした!テストの結果のことはとりあえず忘れて、今日から楽しいクリスマス気分を味わってください。日本語の勉強も少し休憩しましょう!
それで、今回の内容は簡単なものにしますね。
先月の投稿で英語の "have" は便利な動詞だと書きましたが、私は常日頃 "learn" も便利な動詞で、日本語とはちょっと違うなあと思っています。外国人が"Learn" を「習う」と訳して使うのを聞くたびに、何か違和感があって、日本語との違いを考えました。"Learn" は日本語では「習う」だけではありません。「学ぶ」「学習する」「勉強する」「練習する」などもあります。
90%の割合で「習う」はだれかからレッスンを受けている状態だと思います。つまり、「教えてもらっている」ことです。例えば、「料理を習っている」は料理教室に行っている、またはお母さんから教えてもらっているなどになるでしょう。
でも、免許はあるのに、運転が下手だから自分で練習している場合も、上記のような英文になるのでなはいでしょうか。
同じように、料理学校には行かずに、家で自分で料理を毎日していれば、「料理を勉強している」、または「練習している」と言います。
自分の経験や間違いを通して、将来に役立つ何かを得た場合も「学習する」が使えます。
それから、情報を通して何かを知った時も英語では "Learn" を使いますが、日本語ではそのまま「知る」を使えばいいと思います。
では、皆さん、よい年末年始をお迎えください。そのためには風邪など病気にかからないように、気を付けることも大事ですよ。(ちなみに、私は手洗い、うがいは欠かしません。それと、電車内などで多くの人が触る所を触るのも避けた方がいいと思いますよ!)
それで、今回の内容は簡単なものにしますね。
先月の投稿で英語の "have" は便利な動詞だと書きましたが、私は常日頃 "learn" も便利な動詞で、日本語とはちょっと違うなあと思っています。外国人が"Learn" を「習う」と訳して使うのを聞くたびに、何か違和感があって、日本語との違いを考えました。"Learn" は日本語では「習う」だけではありません。「学ぶ」「学習する」「勉強する」「練習する」などもあります。
90%の割合で「習う」はだれかからレッスンを受けている状態だと思います。つまり、「教えてもらっている」ことです。例えば、「料理を習っている」は料理教室に行っている、またはお母さんから教えてもらっているなどになるでしょう。
I can't drive yet. I'm still learning. :私は運転がまだできないから、習っているところです。この日本語の文だと、運転免許がまだなくて、自動車学校で授業を受けているということが想像できます。
でも、免許はあるのに、運転が下手だから自分で練習している場合も、上記のような英文になるのでなはいでしょうか。
同じように、料理学校には行かずに、家で自分で料理を毎日していれば、「料理を勉強している」、または「練習している」と言います。
She learns languages with ease. :彼女は語学を簡単に学べる。(「学ぶ」は「可能形」になっています)ここでも「習う」は使いません。この文で先生がいるか、どうかは問われていなくて、語学能力の有無について述べているからでしょう。 「学ぶ」と「学習する」には「勉強した結果、そこから何かをきちんと得る」という意味があるようです。勉強や練習をしても、何も覚えてない、または何もできるようになっていなければ、「学んだ」ことにはならないのです。
自分の経験や間違いを通して、将来に役立つ何かを得た場合も「学習する」が使えます。
I'll never ever do that again. I've learned my lesson! :こんなことは二度としない。私は学習したよ!「何を学習したか?」 それは文脈が必要になります。例えば、前の晩に飲み過ぎて、二日酔いで大変なら、「自分の飲める量を学習した」と言えますね。
それから、情報を通して何かを知った時も英語では "Learn" を使いますが、日本語ではそのまま「知る」を使えばいいと思います。
I am sorry to learn of your illness. :あなたの病気のことを知って、残念です。「漢字やだれかの名前などを頭の中に入れる」作業には「覚える」を使います。
I am trying to learn a poem by heart. :詩を覚えようとしている。
I never learned his name. :彼の名前が全然覚えられない。(ここも可能形です)あれ~、こうやって見てみると、「習う」を使う例が少ないですね。やはり単純な直訳ができない動詞です。こういう動詞はまだ他にもあって、「work =働く」も気になっていますので、今度書こうと思います。
では、皆さん、よい年末年始をお迎えください。そのためには風邪など病気にかからないように、気を付けることも大事ですよ。(ちなみに、私は手洗い、うがいは欠かしません。それと、電車内などで多くの人が触る所を触るのも避けた方がいいと思いますよ!)
2015年11月15日日曜日
旅に出る人へ Have a nice trip
English translation
この週末はパリで大変悲しく、ひどい事件がありましたね。犠牲者の方々の冥福をお祈りします。
同じ事件が二度と起きないことと、この悲劇が次の悲劇を生まないことを願うばかりです。
みなさんもご存知のとおり、パリは人種のるつぼの町です。そこには多くの問題や歪みがありますが、同時にその多様性が町の魅力にもなっています。特に人種や文化の単一的な日本に住んでいる私からみると、その多様性に富んだ町は特別です。
宗教とテロリズムは別物です。憎しみと暴力の負の連鎖が止みますように。皆がただ幸せに暮らせる社会になりますように。(今は不可能な希望にしか見えませんが。。。)
では、日本語の話を始めましょう。
Have a good day, Have a good weekend, Have fun など、"have" を使った英語の表現はいくつでもあります。というか、いくつでも作れますね。でも、日本語には "have" のような便利な動詞がありません。(以前の投稿「Have a good weekend」に書きましたが)
次に、辞書によると、"flight" は「便」(びん)ですが、「いい便」とか「安全な便」、「私の便」という使い方はしません。ただし、次のような使い方はできます。
"My flight is late." と言いたい場合、「私の飛行機/フライトは遅れている。」となるでしょう。
それから、旅行や外出に関連する表現で "I am on my way." と英語で言いますね。これを直訳して「(私は)途中です。」というのも間違いです。正しくはこうです。
ところで、最近は日本に来た中国人観光客が大量にお土産(みやげ)を買うことがよく話題にのぼります。これを表す「爆買い」(ばくがい)という新しい単語もできました。日本人も家族、友だち、同僚などにお土産を買って帰ることが知られていますが、爆買いはせず、少しずつ買っているような気がします。
確かに素敵なお土産を買ったり、もらったりするのは楽しいですが、無料のお土産「土産話」も良いものですよ。
この週末はパリで大変悲しく、ひどい事件がありましたね。犠牲者の方々の冥福をお祈りします。
同じ事件が二度と起きないことと、この悲劇が次の悲劇を生まないことを願うばかりです。
みなさんもご存知のとおり、パリは人種のるつぼの町です。そこには多くの問題や歪みがありますが、同時にその多様性が町の魅力にもなっています。特に人種や文化の単一的な日本に住んでいる私からみると、その多様性に富んだ町は特別です。
宗教とテロリズムは別物です。憎しみと暴力の負の連鎖が止みますように。皆がただ幸せに暮らせる社会になりますように。(今は不可能な希望にしか見えませんが。。。)
では、日本語の話を始めましょう。
Have a good day, Have a good weekend, Have fun など、"have" を使った英語の表現はいくつでもあります。というか、いくつでも作れますね。でも、日本語には "have" のような便利な動詞がありません。(以前の投稿「Have a good weekend」に書きましたが)
そういう訳で、Have a nice trip と Have a nice flight も直訳することはできません。直訳はしなくても、旅に出る人に向ける日本語の表現はあります。
Have a nice trip. :旅行を楽しんで来てね。
Have a nice/safe flight. :気を付けて、行って来てね。こんな風になるでしょうか。日本語特有のおもしろい点は「来てね」が最後に付いていること。この「来る」は「私たちが今いる所に戻る」という意味ですね。「旅行に行くけど、必ずここに戻ってください」というメッセージが含まれています。
旅行を楽しんで来てね。: Enjoy your trip and make sure to come back.
気を付けて、行って来てね。: Take care and make sure to come back.そう言えば、子どもの時学校の遠足の度に、先生たちに「家に帰るまでが遠足ですよ。」と言われたことを思い出しました。目的地に着くことが遠足の終わりじゃない、目的地から学校に戻ってもまだ終わりじゃない、学校から帰宅するまで遠足は続いているのだから、最後まで注意して行動してくださいと先生たちは言っていました。
次に、辞書によると、"flight" は「便」(びん)ですが、「いい便」とか「安全な便」、「私の便」という使い方はしません。ただし、次のような使い方はできます。
- 直行便
- 朝/昼/夜の便
- 100便
- 行きの/帰りの便
"My flight is late." と言いたい場合、「私の飛行機/フライトは遅れている。」となるでしょう。
それから、旅行や外出に関連する表現で "I am on my way." と英語で言いますね。これを直訳して「(私は)途中です。」というのも間違いです。正しくはこうです。
I am on my way (to school). : (学校へ)行く途中です。/(学校へ)向かう途中です。「途中」は「出発地から目的地までの間」を表すだけでなく、「何かを始めてから終わるまでの間」も表します。次のような言い方もできます。
- 食べている途中で、席をたたないでください。
- 食事の途中で、席をたたないでください。
- 試合の途中、旅行の途中、出張の途中
ところで、最近は日本に来た中国人観光客が大量にお土産(みやげ)を買うことがよく話題にのぼります。これを表す「爆買い」(ばくがい)という新しい単語もできました。日本人も家族、友だち、同僚などにお土産を買って帰ることが知られていますが、爆買いはせず、少しずつ買っているような気がします。
確かに素敵なお土産を買ったり、もらったりするのは楽しいですが、無料のお土産「土産話」も良いものですよ。
土産話: 旅行の経験を話して聞かせること先日、外国人の友だちが京都に初めて行きました。美しい旅館に感激したこと、人混みの人気スポットでいらいらしたこと、静かなお寺で日本の文化をゆっくり味わえたこと、彼らの京都観などを話してくれて、聞き手の私もお土産話を楽しみました!
2015年10月24日土曜日
フランス旅行
今月は6年ぶりにフランスへ行って来ました!久しぶりのフランスはとっても楽しくて、「この雰囲気がやっぱり大好きだ♡」と実感しました。今回の旅の目的はパリに住んでいる友人たちに会うことと、シャンパーニュ地方への小旅行でした。
私はぶどう畑のある町へ旅行するのが大好きなんです。ワインが好きですし、ぶどう畑が広がる景色はどこもとても美しいので、フランスのボルドーをはじめ、カリフォルニアのナパ、南アフリカのケープタウンの近く、日本では山梨と長野のワイナリーを見に行ったことがあります。
シャンパーニュではぶどう畑の間を自転車で回って、本当に気持ち良かったです。ぶどうの収穫後でしたが、緑の葉が少し紅葉していて、そんな丘の斜面がどこまでも続いています。絶景でした!
パリの友人たちは昔、私が東京で日本語を教えていた人たちです。日本を出て以来、会ってなかった人たちと、その後も定期的に会っている人たちがいますが、離れていても友情が続いていることに感謝です。
その中の一人の家に今回は泊まらせてもらいました。彼女は3年ほど日本に住んでいて、2年ぐらい前に帰国しました。でも、彼女の日本語はまだとても上手です!忘れてしまったこともありますが、日本語の言葉や表現がすらすら出て来るのは驚きです。彼女は語学の習得に優れている上に、東京で集中的に日本語を勉強したおかげで、日本語力が持続しているのだと思います。
それから、もう一つのポイントは「彼女はとにかく話したいことがたくさんある」という点です。もともとの性格が積極的で、母国語では言いたいことをほぼ全部言うし、質問したいことをほぼ全部聞くタイプです。こういう姿勢が外国語になっても、変わらないのです。それで、言いたいことを言うために勉強がどんどん進んだのでしょうね。語学の習得のためにとてもいいことですし、大切なことだと思います。
私もそうですが、外国語を話す時に「ちょっと何て言っていいかわからないから、言うのはやめよう」と黙ってしまうことがよくあります。でも、そういう姿勢が普通になってしまうと、自己表現が十分できず、フラストレーションがたまりますし、語学力も伸びませんね。外国語を通しても、自分らしくいることは当然のことですが、意外とあきらめてしまう人も多いのではないでしょうか?
皆さんもこの友人のように「どんどん勉強して、どんどん使う」という良い循環を習慣にしてくださいね。
私はぶどう畑のある町へ旅行するのが大好きなんです。ワインが好きですし、ぶどう畑が広がる景色はどこもとても美しいので、フランスのボルドーをはじめ、カリフォルニアのナパ、南アフリカのケープタウンの近く、日本では山梨と長野のワイナリーを見に行ったことがあります。
シャンパーニュではぶどう畑の間を自転車で回って、本当に気持ち良かったです。ぶどうの収穫後でしたが、緑の葉が少し紅葉していて、そんな丘の斜面がどこまでも続いています。絶景でした!
| シャンパン地方 アイ村 |
| ピノ・ノワールのぶどう畑 |
パリの友人たちは昔、私が東京で日本語を教えていた人たちです。日本を出て以来、会ってなかった人たちと、その後も定期的に会っている人たちがいますが、離れていても友情が続いていることに感謝です。
その中の一人の家に今回は泊まらせてもらいました。彼女は3年ほど日本に住んでいて、2年ぐらい前に帰国しました。でも、彼女の日本語はまだとても上手です!忘れてしまったこともありますが、日本語の言葉や表現がすらすら出て来るのは驚きです。彼女は語学の習得に優れている上に、東京で集中的に日本語を勉強したおかげで、日本語力が持続しているのだと思います。
それから、もう一つのポイントは「彼女はとにかく話したいことがたくさんある」という点です。もともとの性格が積極的で、母国語では言いたいことをほぼ全部言うし、質問したいことをほぼ全部聞くタイプです。こういう姿勢が外国語になっても、変わらないのです。それで、言いたいことを言うために勉強がどんどん進んだのでしょうね。語学の習得のためにとてもいいことですし、大切なことだと思います。
私もそうですが、外国語を話す時に「ちょっと何て言っていいかわからないから、言うのはやめよう」と黙ってしまうことがよくあります。でも、そういう姿勢が普通になってしまうと、自己表現が十分できず、フラストレーションがたまりますし、語学力も伸びませんね。外国語を通しても、自分らしくいることは当然のことですが、意外とあきらめてしまう人も多いのではないでしょうか?
皆さんもこの友人のように「どんどん勉強して、どんどん使う」という良い循環を習慣にしてくださいね。
| 友人のアパートからの景色。パリの夕暮れ。 |
2015年9月18日金曜日
現代語:やばい、微妙、うざい
今日からシルバーウィーク!降り続いた雨もようやく止みました。今年の9月はとても雨が多く、先週は茨城県と宮城県で川の水があふれ、大変な被害が出てしまいました。町の中を濁流が流れる映像はまるで津波被害の映像を見ているようでした。それから、チリでも大地震がありましたね。自然災害は仕方ないとは言え、被害者の苦労は計り知れません。
今月は文化庁による「国語」に関する世論調査(*)の結果の一部を紹介します。皆さんも「やばい」という言葉を聞いたり、使ったりしたことがあると思います。調査によると、10年前とくらべると、「やばい」の使い方が変化しているようです。
みなさんは「やばい」をどう理解していますか?私は昔、子どもの頃、「やばい」は悪いことや困ったことが起きそうな時、または起きた時に使っていました。例えば、学校に行って、教科書をランドセル(日本の小学生のかばん)から出そうとしたら、忘れたことに気が付いて、「あっ、やばい!」と言ったり、友だちと遊んでいて、転んで、けがをしそうになったら「やばい!!」と言ったりしました。
それがいつの間にか、きれいな花火を見て、「やばい、きれい!」と言ったり、おいしい料理を食べて、「やばい、おいしい!」と言ったりする使い方に慣れていきました。この使い方は「すごい」や「すばらしい」という意味になっています。
そして、調査結果によると、普段からこういう使い方をしているのは10代は91.5%、20代は79.1%、30代は53.9%、40代は32.8%、50代は18.2%、60代は11.4%、70代は5.1%だそうです。若ければ若いほどこの使い方をしている人が多いのがはっきりわかります。ちなみに、私はこの使い方を知っていますが、自分では使いません。
また、「微妙」も使い方が変化している言葉の一つです。
「うざい」はそれ自体が比較的新しい単語です。1980年頃から東京の八王子市付近で当時の若者が使い始めたそうです。それでも、定着したのは最近のようで、「うざい」を使う割合は10代 78.0%、20代 50.7%、30代 43.2%、40代 29.36%です。20代の使用率が意外に低いなと感じます。
日本人の友だちが多い方、テレビや漫画などを通じて日本語を勉強している方は特にこのような言葉をよく知っているはずです。このような背景があることを知れば、より一層使い方の理解が深まると思います。
*調査対象 全国16才以上の男女、調査時期 2015年1月~2月、調査対象数 3,493人、有効回答数 1,942人
今月は文化庁による「国語」に関する世論調査(*)の結果の一部を紹介します。皆さんも「やばい」という言葉を聞いたり、使ったりしたことがあると思います。調査によると、10年前とくらべると、「やばい」の使い方が変化しているようです。
みなさんは「やばい」をどう理解していますか?私は昔、子どもの頃、「やばい」は悪いことや困ったことが起きそうな時、または起きた時に使っていました。例えば、学校に行って、教科書をランドセル(日本の小学生のかばん)から出そうとしたら、忘れたことに気が付いて、「あっ、やばい!」と言ったり、友だちと遊んでいて、転んで、けがをしそうになったら「やばい!!」と言ったりしました。
それがいつの間にか、きれいな花火を見て、「やばい、きれい!」と言ったり、おいしい料理を食べて、「やばい、おいしい!」と言ったりする使い方に慣れていきました。この使い方は「すごい」や「すばらしい」という意味になっています。
すばらしい: とてもすぐれている、好ましい
すごい、やばい: 良いことでも悪いことでも程度が強い
そして、調査結果によると、普段からこういう使い方をしているのは10代は91.5%、20代は79.1%、30代は53.9%、40代は32.8%、50代は18.2%、60代は11.4%、70代は5.1%だそうです。若ければ若いほどこの使い方をしている人が多いのがはっきりわかります。ちなみに、私はこの使い方を知っていますが、自分では使いません。
また、「微妙」も使い方が変化している言葉の一つです。
元々の意味: うまく表現できないが、何ともいえない美しさがある
現代の使い方: 白か黒か、はっきり言い切れない元々の意味には繊細で、詩的な印象があり、きれいな言葉だと思います。漢字も美しいですが、現代語では「ビミョー」とカタカナで書くこともあって、 とても軽い言葉に変化してしまいました。私もたまに使います。
「うざい」はそれ自体が比較的新しい単語です。1980年頃から東京の八王子市付近で当時の若者が使い始めたそうです。それでも、定着したのは最近のようで、「うざい」を使う割合は10代 78.0%、20代 50.7%、30代 43.2%、40代 29.36%です。20代の使用率が意外に低いなと感じます。
うざい:わずらわしい、めんどうくさい「うざい」は人に対してよく使われますが、 この言葉はかなりきつい印象があると思うので、使う時は気を付けてください。
日本人の友だちが多い方、テレビや漫画などを通じて日本語を勉強している方は特にこのような言葉をよく知っているはずです。このような背景があることを知れば、より一層使い方の理解が深まると思います。
*調査対象 全国16才以上の男女、調査時期 2015年1月~2月、調査対象数 3,493人、有効回答数 1,942人
2015年8月22日土曜日
町の中の日本語
*English translation
突然ですが、みなさんは「標語」(ひょうご)を知っていますか?標語とは「ポスターなどに書かれた市民へのメッセージ的な文章」です。日本の場合は、よくキャラクターと共に標語が書かれていて、駅などにポスターとして貼られています。写真を見れば、すぐどんな物かわかるでしょう。下の写真が標語の一例です。
これは東京都交通局が作った標語です。私がバスの中で見つけて、写真を撮りました。
このポスターでは、駅のホームに人間ではない何かおかしなものが2匹いて、ぶつかっています。それから、電車に目と口が付いていて、びっくりした表情をしています。そして、絵の上と下に標語が書かれています。
日本人はこういう物を子どもの時から常に見ているので、何も感じないのですが、外国人にはこういうイラストでキャラクターがメッセージを伝えるのはおかしいと感じるのではないですか?
ちなみに、作家の村上春樹(むらかみ はるき)氏は「日本には標語が多すぎる。」と嘆いていました。
ところで、私がこの写真を撮ったのは別にこのイラストが好きだからではなくて、この標語の中に日本語の文法のポイントがいくつか含まれているからです。上級者には簡単でしょうが・・・
漢字も一つしか使っていない、こんなシンプルな日本語の中に便利な表現が三つも入っています!日本語の教材としてはすばらしい標語ですね。みなさんの中にも標語や広告のキャッチコピーを読んで、日本語を勉強している人がいますか?
とにかく、上の3つの表現を合わせると、「携帯ばかり見て歩いていると、事故を起こす可能性があるから、止めてください」というメッセージになりますね。まあ、正しいことを言っていますが、一人一人が注意するしかありません。この標語のおかげでどのくらい事故が減っているのでしょうね??
突然ですが、みなさんは「標語」(ひょうご)を知っていますか?標語とは「ポスターなどに書かれた市民へのメッセージ的な文章」です。日本の場合は、よくキャラクターと共に標語が書かれていて、駅などにポスターとして貼られています。写真を見れば、すぐどんな物かわかるでしょう。下の写真が標語の一例です。
これは東京都交通局が作った標語です。私がバスの中で見つけて、写真を撮りました。
このポスターでは、駅のホームに人間ではない何かおかしなものが2匹いて、ぶつかっています。それから、電車に目と口が付いていて、びっくりした表情をしています。そして、絵の上と下に標語が書かれています。
日本人はこういう物を子どもの時から常に見ているので、何も感じないのですが、外国人にはこういうイラストでキャラクターがメッセージを伝えるのはおかしいと感じるのではないですか?
ちなみに、作家の村上春樹(むらかみ はるき)氏は「日本には標語が多すぎる。」と嘆いていました。
ところで、私がこの写真を撮ったのは別にこのイラストが好きだからではなくて、この標語の中に日本語の文法のポイントがいくつか含まれているからです。上級者には簡単でしょうが・・・
- ながら歩き
- こうなるかも
- やめよう
1の「ながら歩き」ってわかりますか?「携帯をいじりながら、駅のホームを歩く」という意味です。見にくいですが、実際このポスタ―の右側のキャラクターは赤い携帯をいじっています。携帯に集中して、隣りの人に気が付かずにぶつかっています。
もちろん「携帯をいじりながら」だけではなく、「本を読みながら」とか「酔っぱらいながら」とか事故を引き起こすおそれのある「ながら歩き」は色々あります。
この写真で左端が映っていませんが、英文は "No mobile phones and games while walking" です。
「ながら」の使い方は簡単だよ~と思っている人が多いみたいですが、実は日本語上級者でもよく間違えて使っています。みなさんの間違いは「ながら」="while" と思いこんでいること!「ながら」="while" と訳せますが、条件が一つあります。
「ながら」の使い方は簡単だよ~と思っている人が多いみたいですが、実は日本語上級者でもよく間違えて使っています。みなさんの間違いは「ながら」="while" と思いこんでいること!「ながら」="while" と訳せますが、条件が一つあります。
「ながら」:1人の人が2つの行動を同じ時間にする
- (私は)携帯をいじりながら、(私は)歩く。
- (彼は)音楽を聞きながら、(彼は)運転する。
外国人の間違いは下記の例です。
- (私は)本を読みながら、(彼女は)テレビを見ている。
- 雨が降りながら、(私は)走った。
最初の例では違う2人の行動を表しています。次の例で「雨が降る」は私の行動ではありません。
正しい文はこうなります。
- 私が本を読んでいる間に/時に、彼女はテレビを見ている。
- 雨が降っている間に/時に、私は走った。OR 雨の中、走った。
2の「こうなるかも」は「ながら歩き」のせいで、「こういう結果になるかもしれません」という意味です。
「こう」は「こういう風に」や「こういう事に」などにも言い換えられます。
3の「やめよう」は「やめましょう」のカジュアル形ですね。難しくありません。
漢字も一つしか使っていない、こんなシンプルな日本語の中に便利な表現が三つも入っています!日本語の教材としてはすばらしい標語ですね。みなさんの中にも標語や広告のキャッチコピーを読んで、日本語を勉強している人がいますか?
とにかく、上の3つの表現を合わせると、「携帯ばかり見て歩いていると、事故を起こす可能性があるから、止めてください」というメッセージになりますね。まあ、正しいことを言っていますが、一人一人が注意するしかありません。この標語のおかげでどのくらい事故が減っているのでしょうね??
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